『砂時計』



「三分間って長いと思う?」



ぽつりと舞美が言う。
舞美はたまにだけど、唐突に変な事を聞く。
「地球は何で丸いんだろうね」とか、
「ジャンケンってどこの言葉なんだろう」とか。
そんなの、ただの中学生である私が知るはずないじゃん。


「めぐ、聞いてる?」
「聞いてるけど。そんなん知らないよ」


私は読んでいたファッション誌を閉じた。
舞美は細すぎる背中をこっちに向けて、 ちゃぶ台サイズのテーブルに横たわっている。
授業中に、睡魔に耐えきれず眠ってしまったような格好だ。
なんだか可愛い。


「どう思うかだけでいいんだけどなー」
「短いか、長いか?」
「うん」


どこか虚ろな声。
私は座っていたベッドから降り、舞美の顔を覗き込む。


「何それ」
「んー? 砂時計」


そんなの見ればわかるって。


あの砂時計は確か、どこかの大学祭でビンゴの景品としてもらったもの。
私でさえどこに置いたか忘れていたのに。
どこから引っ張ってきたんだろう。
私は小首をかしげた。
舞美は砂時計をひたすら眺めている。
さっきまで読んでいたと思われるマンガは、隣にきちんと積まれていた。


「そんな事してて楽しい?」
「楽しいとか、そんなんじゃなくて……」


口を尖らせた私に、舞美はふっと笑った。
白い頬が持ち上がり、優しげな笑顔を作る。



私より年上のくせに、仕草の一つ一つが無邪気。
しかもそれが自然で、板についていて、可愛い。
なのに、たまに見せる大人っぽさがすごく格好よくて、
そのギャップがいつも私をドキドキさせる。



だから舞美といると楽しいんだな。これが。



「何にやにやしてんの?」



気付くと、舞美はそのままの笑顔を私に向けていた。
さっきまで砂時計にしか向いていなかった舞美の笑み。
私は慌てて「何でもないよ」と顔を隠した。
そんな私をよそに、舞美は砂時計に目を向ける。
それにつられて、私もそれを見た。
あと少しで砂が全部落ちる。



「ラーメンが出来上がるのを待つ三分間は長いよね」



舞美が言う頃、すとん、とやけにあっけなく砂が全て落ちた。
もの淋しさを感じる暇もなかった。
なんだか悲しい。



「でも、中距離を走るときの三分間は短い」



舞美の細い指が、砂時計をひっくり返す。
何事もなかったかのように、また砂が落ち始める。



「授業の残り三分は長いけどー……」



なんだかつまらない。
実は、今日はやっとできた二人の休日だったりする。
舞美も私も何かと忙しくて、近頃まともに遊んでいなかった。
久しぶりの二人だけの時間なのに。
砂時計に奪われるなんて、やるせなくて仕方ない。


「まいみぃー……」
「うん?」
「つまんないー……」


私は舞美の後ろから腕を回し、きゅっと腰を抱いた。
人前なら「何してんの」といいながらも答えてくる。
二人きりなら、思い切り戯れてくる。
でも今回はどっちでもない。


舞美は砂時計に夢中になったまま。
腰を揺すぶっても、耳の後ろに息を吹きかけても変わらない。
っていうか、人がこんなに話しかけてるのに、失礼すぎる。
私は砂時計に負けた事実が気に食わず、砂時計を取り上げた。



「あっ」



舞美は体を捻り、それを追っかけてきた。
まだ私が怒ってることに気付かない。
私は砂時計をベッドの上に放り、 舞美の頬を両手で挟んで、目の前に固定した。
無理矢理体をねじられた舞美が、苦痛の声を漏らす。


「あ、痛い痛い痛い……」
「舞美は私だけ見てればいいのー!」


舞美はねじった体を元に戻した。
自然に、私と舞美が向き合う形になる。
ものすごい近距離まで顔を近付けて睨む。
このままキスもできるけど、そんな事してやらない。
だって怒ってるんだから。
舞美は相変わらずとぼけた顔で、困ったように頭を掻いた。


「そんな無茶苦茶な……」
「いいの!」
「もしかして……、怒ってる?」


やっと気付いた。
私がつん、とそっぽを向くと、舞美は慌てた。
頬を包んでいた私の腕を剥がして、ぶんぶんと振る。
色々と言い訳をならべて、私を説得しようとしてるらしい。


本人は必死なんだろうけど、その様を見てると正直面白い。
なんだか、いじめたくなってくる。
おかしいな。さっきまでちゃんと怒ってたはずなのに。



「あの、ほら!時間というものについて考えてただけでさ!」



何だその言い訳。
思わず笑ってしまいそうになったけど、まだふくれ面。
そっぽを向いた視線を戻し、上目遣いに言ってみる。



「私と過ごす三分間は?」
「え?」
「私と過ごす三分間と、砂時計を見る三分間。どっちが楽しいの?」



ぴょこん、と口から飛び出たその台詞。
私的には「仕事と私、どっちが大事?」みたいなニュアンスで 聞いたつもりなんだけど。
我ながらどう聞いても意味不明。


言ったあとでしまった、と思ったけど、もう遅い。
眉を八の字に曲げていた舞美の顔はどんどん緩んで。



笑顔。



「なにそれ」



はは、と舞美が笑った。
さっきまでとは大違いだった。
元はと言えば舞美のせいなのに、一人必死で恥ずかしい。
照れくさくてちょっと目をそらした所を、舞美は抱きついて来た。


「わっ」
「めぐ、三分だけじゃ解放してくれないじゃん」


舞美は私を引っ張り立たせて、ベッドに転がした。
ベッドに仰向けに倒れ込む瞬間、少しだけ邪な考えが浮かぶ。
けれど、等の本人は戯れてくる犬のようで、そんな事考えてないみたい。
ここの押しが足りないんだよね。


でも、これが舞美のいいところかもしれない。
結局は、一番純粋に私のことを思ってくれているところが。
私の上に被さってきた舞美。
心地よい重みが全身に広がる。
そのまま抱きしめたいけれど、そんなに簡単なのも何か物足りない。
私は舞美の細い肩を、ぐいぐいと押し返した。


「重いー!」
「うっそだー!」
「嘘じゃないよーだ」
「ひどーい!」


舞美もムキになって、必死に体重をかけてくる。
もともと軽い体を押し付けても、そんなに重たくない。
けらけら笑っていると、不意に視線が絡んだ。



「私のこと、好き?」



何となく、聞きたかった言葉。



「……わかりきったこと聞かないの」



舞美は恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに言った。
それから照れ隠しに、私をくすぐってくる。



「なーにすんのっ!」
「めぐが変なこと聞くからじゃん!」
「全然変じゃないし! 大真面目だったのに!」
「もーいいって!」



部屋の屋根が吹き飛ぶくらい大騒ぎする私達。
ベッドでごろごろ、動物みたいに。
家に誰もいなかったことが幸いかな。



久しぶりの二人の時間。
本当は最初からいちゃいちゃしたいけど。
たまには、こんなのもいいかもね。



たまには、だけど。






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