ソファに座る栞菜までの距離はあと少し。
でもそれがとてつもなく長く思える。
その、長いのか短いのか分からない距離を縮める事が出来ずに、
私はその場でうろうろしていた。



『Nervous Girls』



背中の後ろに握るのは小さな箱。
昨日、ぎりぎりまで悩み抜いて決めた、栞菜へのプレゼント。

お店の人にきれいにラッピングしてもらったし、
何にするかはお母さんと一緒に決めた。
だから、なにも恥ずかしい事はないんだけれど。


でも、私はさっきから、栞菜に声をかける事も出来ない。


栞菜はと言うと、私がふらふらしているのに気付かないほど集中して、
携帯電話をいじっている。


気付いてもらえないと苦しい。
でも、気付かれても苦しい。


ふと鏡を見ると、すごく顔が赤くなっている。
こんな顔じゃ、余計栞菜に話しかけることなんてできない。


渡したい。
渡したいけど。

だって今日じゃなきゃいけないから、
ちゃんと渡さなきゃいけないんだけど。


でも体は動かない。
私は肩を縮こませて、うつむいてしまった。


その時。


「愛理?」



後ろで、声。



「ひゃっ」


私は間の抜けた声を出し、びくりと肩を跳ねさせた。
体のどこから出たのか分からないような、高くて小さい悲鳴。
それに驚いたのか、栞菜はぽかんと口を開けていた。


「何してんの?」

顔を上げた私に、何もなかったように話しかける栞菜。

ほら、栞菜だって変に思ってないみたいじゃん。
私だって気にする事ないんだよ。

そう言い聞かせるけれど。


「いっ、いや、別に、何も?」


返した返事は緊張で完全に震えてしまった。


「ふーん……」


これでも変だと思わないのか、栞菜は変わった態度をとらなかった。
鈍感と言うか、なんと言うか。
逃げたくなるような気持ちを抑え、私が心の中でつぶやいていると、
栞菜の視線が一点に集まっているのに気付いた。


「何、それ?」


それ。


そう言って覗き込んだのは、
他でもない、私が用意したプレゼント。


「あっ……」


私はつい、箱を後ろに隠した。


「?」



どうかした?


そう言いたげな目。
私の目が、もの言いたげなんだろうか。
栞菜は私の言葉、行動を待っている気がした。


「……」


腕が震える。
指が箱にうまく絡まない。
足が崩れそう。


「……」


言葉が出ない、半開きの口。
無理に出そうとすると吐き気がする。



だから私は何も言わず、おずおずと箱を差し出した。



栞菜の顔を見る事は出来ず、うつむいたままで。



「え?」



そう呟く、栞菜の声。
状況が判断できていないんだろうか。
私は肺の中にたまった息をほう、と吐く。


「……はい」


栞菜の思考の後押しをするように、言う。


「私に?」
「うん」


渡してしまった、という意識からだと思う。
声の震えはいつの間にか消えていた。
代わりに栞菜の語尾がかすかに振動していたのは、気のせいかな。



「………」


「………」


「………」



沈黙。



安心したはずの心に焦りが生まれてくる。
うつむいたまま差し出したプレゼントに、栞菜の手は当てられた。
でも、そのまま持って行く仕草は感じない。


もしかして、ラッピングが気に入らなかったのか。
それとも、もう持ってるのだったりして。
その前に、誕生日って本当に今日だったっけ。


箱を開けてもいないのに中身が分かるはずがないし、
栞菜の誕生日が今日だから、昨日眠れなかったんでしょ。

頭の片隅に居座る冷静な自分が、
混乱から生まれた訳の分からない疑問を打ち消して行く。


「……?」


私は意を決して、顔を上げた。


そこにいたのは栞菜。
誰でもない、栞菜一人。


そんなの、よく考えれば当たり前なんだけれど。
その様子が、いつもの栞菜とは違ったから。


頬は真っ赤に染まり、目は涙じゃない潤いを帯びている。
箱を持とうとする指先は震えていた。


まるで、感動しているように。


「栞菜?」


私が呼ぶと、栞菜はぴくっと反応した。
意識がどこかへ飛んでいた。
そんな感じだった。



「あっ、あ……」



栞菜が言葉を詰まらせる。何か言いたげだ。
私はしっかりと瞳を見て、のど元に引っかかる言葉を待つ。


「うん?」


私が聞くと、栞菜がこくん、と喉を鳴らした。
そして再び、今度は少し落ち着いた様子で口が開く。



「ありがと……」



少しはにかんでそう言うと、栞菜はプレゼントを受け取った。
私もつられて微笑むと、心がほっと息をつく。
緊張の糸はやっと解けた。



「誕生日、おめでと」



十三歳になっても、そんな栞菜でいてね。






inserted by FC2 system