「誕生日、何欲しい?」
「……熊井ちゃん」
「へ?」



『MONOPOLY』



「22日だけ、熊井ちゃんをちぃだけのものにしたいの」


それが、ちぃの望んだ『誕生日プレゼント』だった。


私が欲しい、って、具体的にどうすればいいんだろう。
何か行動しなくちゃ、ちぃが満足するはずがないし。
体中にリボンを巻いて、「はいどうぞ」なんて
マンガみたいな事が出来るわけでもない。

ちぃは一体、私に何を望んでいるのだろうか。

そればっかり考えて、気付けば私は誕生日当日を迎えていた。
もちろん、ちぃの言葉の意味を探すのに夢中で、プレゼントなんて買ってない。

「はぁー、どうしよう……」

私目の前で行われている数学の授業を完全無視で、
ただひたすら頭を抱えていた。


ふと、窓の向こうの景色が目に入る。
真っ青な空。
そのさわやかな様は、ちぃの笑顔と被った。


「熊井ー」
「あっ、はい」
「そんなに外が恋しいなら出て行ってもいいぞー?」
「……ごめんなさい」



     ×     ×     ×



「じゃあ、考えとくね」


それが、私の欲求に対する熊井ちゃんの答えだった。


熊井ちゃんは、私の言葉の意味を理解しているのだろうか。
いや、多分していない。
だって私だって、自分の考えている事がよく分からない。
平日である今日、熊井ちゃんを独占する事なんて無理だ。

分かっていて、私は何を求めているんだろう。

それが分からぬまま、あっという間に今日が誕生日。
熊井ちゃんからは朝、メールが一通来たけれど、
ごく普通の誕生日を祝うメールだった。

「やっぱり、もっとちゃんと話しておけばよかったかな……」

私は理科の先生の説明を軽く聞き流し、
机の上でがっくりとうなだれた。


ふと、教室に飾った造花が目に入る。
真っ白な百合。
その優雅な様は、熊井ちゃんの横顔と被った。


「徳永ー」
「え? あ、はい」
「先生の話、そんなにつまらないかー?」
「そんなことない、すっごい興味深いよ先生!」



     ×     ×     ×



放課後。
結局、一日の半分の時間を使っても、
ちぃへのプレゼントが決まる事はなかった。


「ただいまー……」


私室に戻り、私は机の横に鞄を置いた。
クローゼットを開いてハンガーを出すと、制服を脱ぎにかかる。
ちゃんとハンガーにかけておかないと皺になるから、
毎日ちゃんと制服は丁寧に扱っている。

スカートに手をかけたとき、
机の上に置かれた携帯が視界に飛び込んで来た。

「……」

電話、してみようかな。

私はそう思い、黙って携帯を手に取った。
メモリダイヤルからちぃの名前を探す。


怒ってるかな。
怒ってるよね。
だって、朝方におめでとうメールを一通送っただけ。
私がちぃだったら、やっぱり物足りないから。


怒ったちぃの顔が頭の中に浮かぶ。
その途端、私の指は躊躇から止まってしまった。

「……どうしよう」



     ×     ×     ×



放課後。
委員会が思った以上に長引いて、
いつもより三十分も帰るのが遅くなってしまった。
誕生日だというのに散々だ。

私はいつも通り校門を出て、いつも通りの道を通り帰宅する。
ただ一ついつもと違うのは、尋常じゃない位の気の重さ。

もしこのまま、何の連絡もなかったらどうしよう。
どうせ熊井ちゃんの事だから、
ちゃんと答えが出ない限り連絡するのを躊躇うに決まってる。
こんな事なら変な事言わず、
無難に「プレゼントはアクセが欲しい」とでも言っておけばよかった。


歩けば歩くほど、どんどん思考が暗くなっていく。
首は折れ曲がり、下を向きっぱなし。
幽霊のような足取りで、私は歩を進めていた。


「ちぃ?」


聞き覚えのある声。
熊井ちゃんの声。
とうとう幻聴まで聞こえるようになったか。
私は重たい首を起こし、正面を見た。


「……うそ」


いつの間にか、私は自宅の前まで来ていた。
いや、驚くのはそこじゃなくて。


目の前に、熊井ちゃんがいる。


「嘘、どうして?」
「ちぃ、今まで学校だったんだ」
「うん……。委員会があって……」
「そっか、よかった。電話しても出ないから、怒ってるのかと思った」

熊井ちゃんはそう言って苦笑いを浮かべた。

「もしかして、だからあたしの家まで来たの?」
「うん。……ちぃに謝らなくちゃいけない事があって」

言うなり、熊井ちゃんは私の前で頭を下げた。
長い黒髪がふわりとなびき、いい匂いが鼻まで届く。
それにうっとりする私。
でも、その変な光景に気付くのに、そんなに時間はかからなかった。

「ちょ、何してんの熊井ちゃん!」
「あたし、ちぃのためのプレゼント、用意してないんだ……」

私は無理矢理おでこを押しあげ、頭を上げさせる。
しゅんとしょぼくれた熊井ちゃんの瞳が、私を申し訳なさそうに見つめていた。


プレゼントを用意していない。
何を言ってるんだろう。
プレゼントはもう……。


「あっ!」


そうか。

私が欲しかったプレゼントは熊井ちゃん。
心でかたくなに願っていたその意識。
意味が分からなかったけれど、
今、やっと分かった。

「えっ、何、どうし……?」


言葉が終わる前に、私は熊井ちゃんの胸に飛び込んだ。
何だか嬉しくて、楽しくて。
背中に滑るように回った腕で、熊井ちゃんの頭を撫でた。


「あたしは、熊井ちゃんが欲しかったんだからいいんだよ、それで」


熊井ちゃん自身の『5月22日』。
その中の片時の時間だけでもいいから、私は独占したかったんだ。
少しの時間だけでいい。だから、熊井ちゃんに会いたかったんだ。


やっと分かった。


「ちぃ、あのさ」

私の耳元で、熊井ちゃんが苦しそうに声を出す。
強く抱きしめすぎたかな。
いつもなら出来ない大胆な行動に、少しだけ顔が赤くなる。
体を離すと、熊井ちゃんも照れくさそうにしていた。

「今日、お母さんに頼んで門限伸ばしてもらったんだ。だから……」
「……だから?」
「今から、誕生日プレゼント、買いに行かない?」


もう五時回っちゃってるけどさ。と、熊井ちゃんは言う。
熊井ちゃんの気持ちは嬉しいんだけど、私は、それよりも。


「それよりも……、あたし、熊井ちゃんとゆっくりしたい」
「え?」
「家上がってよ。何か出すし」
「え、悪いよそんなの! それに、プレゼントどうするの?」
「プレゼントなんてもういいよ。
 あたしは熊井ちゃんが欲しいって言ったじゃん」
「だけど……」


ほら、早く。
私はそう言って熊井ちゃんの手を引いた。
お楽しみは、これからだ。



その日はそのままあたしの家で遊んだんだけど、
後日、ちゃんとプレゼントを渡された。
熊井ちゃんらしいと言うか、なんと言うか。


でも。


「14歳、おめでとう」


そう言われて小さな箱を渡されたとき、
本当はすごく嬉しかったんだ。






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