「遅い!」
「だってさ、担任の話がさー!」
「一緒に帰ろうって言ったのそっちじゃんか!」
「そーだけどぉ……。怒ってる?」



がたん。



「怒ってるっていうか」



ばさばさばさ。



「……」



かたん。



「……何だこりゃ」





『私がイチバン』





今日がバレンタインデーだと、
下駄箱から落ちたチョコを見てはじめて気付いた。
つい先週までは覚えていたのだけれど。
それに加えて、千奈美は去年まで下駄箱にチョコを入れられたこともなく。
ダブルで意表を突かれて、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。


「本当にあるんだね、下駄箱にチョコなんて」
「フツーにあるじゃん? そのくらい」
「あたしは梨沙子と違って凡人なんですー」


梨沙子は右の手にスポーツバッグをさげていた。
中身は半分が学用品。半分がチョコレート。
小さい頃から人形のような顔つきをしていた梨沙子は、
ませた同級生や先輩からいくつかのチョコを毎年貰っていた。
もう耐性は十分にある。


けれど千奈美は違う。
友達と交換ならまだしも、こんな風に一方的に渡されたことはなくて。
くどいようだが、下駄箱を開けてチョコが出てくるなんて場面にも、
遭遇したことはない。



「モテモテじゃん」
「三つだよ? 梨沙子の方が全然多いし」
「でも、貰ったのは事実」
「そーだけどさ」



梨沙子と千奈美は寒空の下、二人歩いていた。
毎日通る通学路だけれど、今日は一段と寒い。
冷たい北風に身を震わせ、
梨沙子はウィンドブレーカーのチャックを首元まで上げた。


「ねぇ、梨沙子」
「うん?」
「ちょっと寄ってこ」


千奈美が指差したのは小さな公園。
小さい頃、たまに遊びにきたこともある。
梨沙子は顔を歪めた。


「だって気になるんだもん!」
「家帰ってからでいいじゃん、寒い!」
「そう言わないで、ねー?」
「ただでさえ、ちぃが出てくるの遅くて下校遅いのに」
「だから、あれは担任の話が……」


ふぅ、とため息をつく。
渋い顔をした梨沙子は「しょーがないな」とでも言いたげに歩を進めた。
後ろで「やった」と小さく声が聞こえる。
千奈美は軽い足取りで梨沙子を追い越し、古びたベンチに座った。



千奈美が貰った三つのチョコは、どれも綺麗にラッピングされていた。
二つは箱で、一つは袋。
丁寧に巻かれたリボンに苦戦しつつ、千奈美は中身を覗いた。
隣から梨沙子も顔を寄せる。


「……どれもチョコだ」
「これとか生チョコじゃん。すごー!」
「ねぇ、一緒に食べない?」
「何で?」
「うち、正直チョコ苦手だし……」
「知ってる。去年言ってた」


じゃあ聞くなよ、と視線を送るけれど、梨沙子はそれを軽く無視する。
蓋を閉じたチョコの箱を手に取ると、それをしげしげと眺める。


「手作りだよ? 食べてあげないの?」
「食べるよ、食べるけど、三つはさすがに……」
「あっ、私を太らそうとしてるでしょ」
「してないし!」


怪訝な顔を向ける梨沙子を、思わず軽く小突く。
言われた通り、少し罪悪感を感じたりもする。
これを送ってきた人は、どんな思いだったんだろう。
思っただけで、胸がちょっと苦しい。


やっぱり、他人と一緒に食べるなんて良くないか。
そう思って、千奈美は箱を引っ込めようとした。



「あっ、おいしーかも!」



けれど、梨沙子はすでにチョコをぱくついていて。



「えっ、ちょ、言ってることとやってること違うじゃん!」
「だって、食べれないんでしょ?」
「まぁ……、うん、そうだけど」
「ならいいじゃん。あっ、トリュフ!」


梨沙子の白い指は、チョコを摘むのをやめない。
まぁいいか、と千奈美も手を伸ばした。



「でも」
「ん?」
「あたしの方が上手」



甘いチョコの味が、分からなくなるほど。


私は梨沙子の言葉に手を止めた。




「あたしの作ったのの方が、絶対おいしい」




鳩が豆鉄砲を喰らったよう。
ついこの間、国語のテストで出た慣用句。
使い方が、今やっと分かった。



「それに第一、チョコ嫌いな人に送ったってもったいないだけじゃん」



梨沙子の眉間に皺が寄っている。
吐き捨てるように言う言葉には、複雑な感情が見え隠れしていて。
そういえば、さっきから梨沙子の行動がどことなくぎこちない。
ポーカーフェイスが上手いものだから、今まで気付けなかったけれど。




もしかして。




「梨沙子」




もしかして。




「それって、やきもち?」




千奈美は言った。
自分でもこんな自惚れたようなこと、よく言えたなと思う。


けれどその自惚れた一突きは、見事梨沙子の核に当たったらしく。
梨沙子の頬は、一歩遅れて桃色に染まった。


「あっ、図星かぁ!」
「ばっ、違うから! ワケ分かんない!」
「へぇー、赤いよ? 顔っ」
「寒いから! ちぃがこんなところで寄り道するから!」


固く張り付けた仮面を剥がされた梨沙子は必死だ。
それが面白くて、千奈美はにやついたまま梨沙子をじろじろと見る。
言い合えば言い合うほど、慌て方が酷くなるからやめられない。



「っていうか、本当の事言っただけじゃん!」



梨沙子はすっくと立ち上がると、スポーツバッグに手を突っ込んだ。
再び出てきた手には、小さな箱が引っ付いて来ている。



「絶対、あたしの方がおいしいから、絶対!」



念を押し、梨沙子はその箱をベンチに叩く勢いで置く。
そして鞄を引っ掴み、公園を出て行ってしまった。
しまったと思った時には、もう遅い。


「ちょっ、梨沙子、どこいくのっ」
「帰るの! 寒いから!」
「待って、うちも……」
「バカなちぃとは一緒に帰ってあげない!」


いーっ、と顔をしかめ、梨沙子は走り去った。
千奈美は一人、ベンチに取り残される。


「……いじめすぎた」



小さく呟いた声は、冷たい風にさらわれて消えた。
度を越すと拗ねてしまう事は、よく知っていたはずなのに、
困った顔で後頭部をかく千奈美の目に、佇んでいる箱が静かに映る。


それは不思議と、寂しそうに見えなかった。
強気な梨沙子の感情が、そのまま宿っているようで。



「絶対」



声が、プレイバックする。
千奈美は箱を手に取った。



正直、梨沙子がバレンタインに何かくれるとは思わなかった。
今も無意識に思う。
間違えて貰ったチョコを置いて行ったんじゃないかと。
自分がひねくれているのか、それとも普段の梨沙子の態度に問題があるのか。
千奈美にはよく分からなかった。


多少驚きながら開いた箱。
中にはカップケーキが二つ入っていた。



「チョコじゃない……」



二つとも淡い茶色をしていたけれど、
どちらからもコーヒーのいいにおいがした。



もしかして、気遣った?



チョコが苦手な、私のために。
バレンタインの王道を避けて、これを作った?



きょとんとカップケーキを凝視する千奈美。
そう言えば梨沙子は、
千奈美の苦手なものの中にチョコが入ってる事を知っていた。



「それに第一、チョコ嫌いな人に送ったってもったいないだけじゃん」



あれは、梨沙子の本音だったんじゃないだろうか。
千奈美にチョコは必要ないと言う、嫉妬じみた自己主張。



それに気付くと、何だか心が温かくなった。
妙に照れくさくて、顔が赤くなる。
梨沙子は、自分の事を思ってくれている。
一年も前にさりげなく言った、苦手なものを覚えていてくれるくらいに。
そう意識すると、どうしようもなく恥ずかしい。



「あっ、さすが……」



照れ隠しにかぶりついたカップケーキは、すごくおいしかった。
チョコが苦手とか、そんなのは関係ない。
きっと、有名パティシエが作ったどのケーキよりも、おいしく感じるだろう。
千奈美の頬が緩む。




今日は寒いから、帰ったら布団に潜り込もう。
疲れたし、そのまま眠ってしまっても罰は当たらない。
でも、その前に梨沙子にメールをしよう。


まずは、からかいすぎた事をさりげなく謝って。


それから、ケーキのお礼を言う。


そして伝えておこう。



「絶対私の方がおいしいって、嘘じゃなかった」



素直な感情。


君がイチバンだということ。






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