もう誰もいないはずの楽屋に、明かりが灯っていた。
私はそれにつられて歩き出す。

少しだけ開いたドアからは、綺麗な旋律が響いていた。



『星の夜願うこと』



「……何してんの?」
「あっ、佐紀ちゃん」


私が声をかけて初めて、みやはこちらを向いた。
鼻歌を聞かれて恥ずかしいのか、すこし頬を赤く染める。

みやは椅子に腰掛け、色とりどりの紙と格闘していた。
机の上には折り紙、はさみ、のり。
そして。


「わ……、何それ……」
「へへー、笹の葉!」


私が口をぽかんと開けていると、みやは楽しそうに笹の葉を振った。
手頃なサイズだけれど、本物の笹。
こんなの、どこから持ってきたんだろう。

私がその笹に手を添えたとき、ふと頭の中で何かが繋がる。

笹の葉。
折り紙。
そして、さっきみやが歌っていた歌。


「あ、七夕って今日か……」


そっか。今日は七月七日だ。


「忘れてた?」
「ちょっとね」


ちょっとどころか完全に忘れていたけれど、私は少し気取って言った。
そんな私を知ってか知らずか、みやは作業を進める。
色紙を折って、切って、開く。
私はその様子を、隣の椅子に座ってみていた。

しかし飽きっぽい私はすぐに退屈になり、
笹の葉と遊び始める。
そして、さっきから気になっていたことを、ぽつり。


「短冊、一つもないじゃん」
「そこまで手が回ってないの!」


それは言わないでよ、と言いたげな感じだ。
みやの手つきは慣れた感じではなかったし、正直苦戦してるのだろう。
そんなみやを微笑ましく見ていると、みやは私の前に折り紙を滑らせた。


「じゃあ、佐紀ちゃんも手伝って!」
「えー?」


何でそんな流れになっちゃうんだ。
私はとりあえず折り紙を持つけれど、どうしていいのか分からない。
くしゃくしゃにならない程度にいじりながら、私はみやに言う。


「やだよ、あたしが触ると変な風になっちゃうよ?」
「それでもいいから、ね?」


それでもいい、とは言うものの、私は作り方でさえ分からないのに。
むー、と折り紙とにらめっこしていると、みやが新しい折り紙を手に取ったので、
それをまねして紙を折っていくことにした。


けれど。


冷静に考えてみると、そんなの出来るはずがない。
だってはさみものりも一つしかないんだから。
片方が使って、片方が待っている間に
テンポがずれるのは当たり前。

私は順調に作業を進めていくみやの隣で、
折りかけの折り紙をくるくると回す。

一方、みやは真剣。
私はその横顔に、数分ぶりに話しかける。


「ねぇ、他のみんなは?」
「帰ったよ? 帰ったからこんなことしてるんじゃん」


みやは集中で強ばった顔に微笑みを戻す。

みんなの前だったら、何か邪魔してきそうじゃない?
そう言って笑うみやは、少し恥ずかしそうだ。

本当は、みんなの前でこうして真剣に作業するのが恥ずかしいんだろうけど。
それを表に出さないみやは、少し可愛い。


「珍しいよね、みやがこういうことするの」
「自分でもそう思う」


いつものみやなら、私みたいに七夕の存在すら忘れてそうなのに。
私がぽつりとそう言うと、確かにね、と笑った。
自覚してるんだ。


「何か、飾り作りたくなったんだよね、急に」


みやはそう言うと、今まで触っていた折り紙を手に取った。
でーきた、と嬉しそうに呟いて、笹の葉に付ける。
これで完成か聞くと、後は短冊だけだと返ってきた。


「見てもいい?」
「うん」


私は笹を手に取る。
しげしげと眺める私を微笑みながら見ると、
みやは席を立った。

私が作ったものでもないのに、なかなかの出来映えだと偉そうに思う。
色合いがいいからそう見えるのだろうか。
ここは、みやのセンスが生きてるのかもしれない。



「あっ、星が出てきた」



不意に、窓際に移動していたみやが声を跳ねさせる。


「えっ、うそっ」


私は笹を丁寧に机の上に置き、みやに駆け寄った。
カーテンをめくると、辺りはすっかり夜の風景だった。
レッスンが終わったのは夕方だったはずなのに。


「佐紀ちゃん」


みやは真っ暗なそこに気を取られていた私の肩を叩き、
ほら、と空を指差した。


「キレー……」


窓越しの、暗闇のキャンバス。
そこには、無数の星が輝いていた。

満天の星空、とまではいかないけれど、
これほどの星が見られるのは珍しい。

やっぱり、七夕だからかな。
頭の隅で、そんなことを思った。



「ねぇ」



星空に向かって目を輝かせていた私に、みやが前触れなく聞く。
私はそれに反応して、ふっと隣を見た。
みやはまだ、窓の向こうを見ている。


「織り姫と彦星って、一年に一度しか会えないんだよね」
「うん」


私の視線を感じてか、みやは続きを口に出す。
背が伸びたと言っても、まだ身長差は結構ある。
少し見上げる形で、私はみやの横顔を見た。



「……寂しく、ないのかなぁ」



そう言ったみやの横顔。


それはなんだか、とても大人っぽくて、綺麗で。



少し、切なげ。



「何かね、たくさん好きな人と会ってても、
 寂しい時とかあるじゃん? ……だから」


ほんのちょっと俯いて、みやは寂しそうに言う。



ちょっと待って。



そんな風に、されたら。



「もしあたしが、佐紀ちゃんと一年に一度しか会えなかったら……」



急に、胸の中が騒がしくなる。
心臓を掴まれているような、痛みが生まれて。
無意識に息苦しくて、不思議な欲求が沸き立ってくる。



「わっ……?」



気付けば、私はみやの腰に抱きついていた。



なんだか、寂しかったんだもん。



「……どうしたの?」


みやは心配そうな声を私に降らせる。
私はみやの腰と自分の腕の間に顔を埋め、
力強くみやを抱きしめていた。
私の力強く、なんて、大したことないのかもしれないけれど。


何してるんだろう。


ふと、冷静になって考える。


分からない。


自分とみやが、一年に一度しか会えない。
そんな風に考えたら、何だか急に切なくなった。

ただの想像なのに、すごく息苦しくなって。
それを押さえ込むように、私はみやに飛びついたんだ。


何だか、まだ分からないけれど。



みやが、すき。



あたしはみやがすき。



これだけは、ちゃんと分かった。

心の中にある、温かい何かが、それを教えてくれているから。


「……」
「え、何?」


すき。


そう、聞こえない声で呟いた私。
それが中途半端な音となって、みやの耳に届いたらしい。
みやは焦った声で私の頭を撫でる。


何だろう。


何でも出来る気がする。


私は半ば衝動的に、口元に手を当てる。
内緒話を求めるような感じで。
それに気付いてか、みやは横顔を近づけてきた。


けれど、内緒話で伝えたいことなんてないんだ。


私は近寄るみやの横顔にキスを落とした。

ほんの一瞬の、ほっぺへのキス。


「……っ」


ほんの数秒。
時が止まり、みやは慌てて顔を離した。
赤くなった頬に手を当て、ぱくぱくと口を開閉しながら。


「……さ、きちゃん」


恥ずかしさからか、感動からか。
多分前者で潤んだ目が私を見下ろす。
まだ、状況が判断できていないようで、みやの声は震えていた。


「そんな、寂しいこと言わないでよ」


みやの方が背が高いから。
その事実で生まれる、無意識な上目遣い。
私も何だか恥ずかしくなってきて、目が潤む。
顔を背けるように、言うなりみやの体に顔を埋めた。


「あ、ごめん……」


その傍らで聞こえるみやの弱々しい声。
なんで、そこで「ごめん」なのかなぁ。
不器用な思考に思わず微笑むと、
みやは「でも」と言葉を付け足した。


「あたしたちは、幸せだね?」


私は顔を上げた。
みやは少し身を引き、私が腰に抱きついていても
楽に顔が見られるように調整する。


「こうして、いつでも会えるんだから」


そう言って照れくさそうに笑うみや。
冷める様子を見せない赤く染まった頬も、
おそるおそる私の腰に不器用に回るその腕も。


全部が愛しい。


私は腰から下を残し、みやに凭れ掛かる。
いきなりのことに、みやは少し驚いたみたい。
けれどよろけることなく、私を支えてくれた。


「……こういうことも、できるしね」
「……今日の佐紀ちゃん、何か変だよ」


小さく言う私。
今度は聞こえたらしく、みやは笑い声と一緒に言う。


「知らないよ、そんなの」


私はそれを、つられたように笑いながら返した。


自分でも変だと思う。
こんなに積極的な私なんて知らない。
でも、分かっていても、改めて言われると恥ずかしくて。


「……七夕だからじゃない?」


そうやって他ごとのせいにしてしまう。
ここを乗り越えれば、もう少しみやとの距離も縮まるんだろうけど。


でも、今はいいや。


幸せだから。



「……会えたかな」
「何が?」
「織り姫と、彦星」



みやの声が、みやの体を伝って聞こえて。
私の声も、みやの体を伝っていく。
こうやって、腕の中の温かい存在を確認する私。



「会えてるよ、多分」



夜空の向こうで織り姫も、
こうやって彦星に抱きしめられているのかもしれないよ。



そんなニュアンスを込めて、私はもう一度みやを強く抱きしめた。



「佐紀ちゃん」
「ん?」



それに答えるように、みやの腕にも力が入って。
私たちの距離が、少しずつ埋まっていく。



「ずっと、一緒だよ」

「……うん」



ずっと、ずっと、一緒だよね。



みや。






inserted by FC2 system